大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪高等裁判所 昭和38年(う)2245号 判決

主文

原判決中被告人に関する部分を破棄する。

被告人を懲役五月に処する。

但し、この裁判確定の日から四年間右刑の執行を猶予する。

原審における訴訟費用中証人門頼雄に支給した分の二分の一並びに証人明石琢志(二回)、同滝口祐義(二回)、同生田昭次、同坪庄次郎、同大継達雄(二回)。同谷俊三夫、同樋井真夫に各支給した分は被告人の負担とする。

理由

<前略>

控訴趣意第二点について

論旨は原判示三菱電機株式会社が大正七年一二月六日に指定商品電燈球に原判示三菱形の商標の登録を受けているが、それ以来同会社が電燈球を製造販売した事実はなく、同社製造の電燈球は実在しない。商標は自己の生産、製造等営業にかかる商品であることを表彰するためのもので商品の存在することを前提にするものであるから、実在しない商品の商標が法の保護を受ける筋合はなく右会社の登録商標は電燈球に関する限り効力を有しないものであつて被告人の原判示販売又は所持は商標法に触れるものではない。尚指定商品電燈球が実在しないから、これと類似の白熱電燈球という原判示は何ら根拠なき認定であるといつて法令の解釈適用の誤りないし事実誤認を主張するのである。

よつて記録を精査するに特許庁長官井上尚一の三菱電機株式会社社長高杉晋一名義の登録証明願及び同社社長関義長名義の証明願に関する各証明書、証人山口良哉、同津田武夫の原審公判廷における各供述記載によると三菱電機株式会社が大正七年一二月六日原判示三菱型の商標につき指定商品を当時施行の明治四二年法律第一〇号商標法(以下旧旧商標法という)に基き同年農商務省令第四四号商標法施行細則二〇条による分類六三類に属する電燈球その他右分類に属する商品全部を指定商品として登録を受け、大正一一年一月一一日より施行された大正一〇年法律第第九九号商標法(以下旧商標法と略称)附則四〇条により右旧商標法により右登録がなされたものとみなされ、その後商標権存続期間更新の登録出願により更新され、本件当時右登録が存すること、同会社では登録以来指定商品である電燈球そのものを生産し又は販売した事実がないことが認められる。

ところで原判決が適用した旧商標法は同法一条によれば商標は自己の生産、製造、加工、選択、証明、取扱又は販売の営業にかかる商品であることを表彰するための標識であつて商品に使用されることを前提にしているものであるが、商標を登録するに際し、これを使用すべき指定商品について未だ生産、販売等の営業をしていなくても、将来生産又は販売等を開始する意思があると認められれば商標権は登録を受けることができるものであり、同法七条によれば商標権は登録によつて発生し、商標権者は指定商品につきその商標を専用する権利を有するものであるから、将来開始すべき営業にかかる商品を指定商品として登録出願された商標も登録によつて直ちに権利が発生する。そして同法は商標権の消滅事由として同一〇条の存続期間の満了、同法一四条、一五条条の審判による商標の登録の取消、同法一六条の審判による商標登録の無効を規定するほか、同法一三条によれば商標権は商標権者がその営業を廃止した場合は消滅すると規定している。だから同法は指定商品について生産販売等の営業を開始せず従つて現に商品に使用されていない登録商標についても、右のような権利消滅事由がない限りその登録商標を権利として保護しており、他人がこのような登録商標と同一又は類似の商標をその指定商品と同一又は類似の商品に使用することは許されず同法三四条の「他人の登録商標」の中には右のような商標も含まれると解すべきである。

そして本件については原判示登録は前記の如く商標権存続期間の更新の登録がなされたものであり、これが審判により無効とせられ、又は審判により取消された事実は証拠上認めなれず、又本件指定商品について営業を廃止(末だ営業を開始していない指定商品について商標の登録を受けた場合には将来営業を開始する意思を放棄して客観的に営業開始の予測がなくなることと解する。)した事実も認められないのみならず証人山口良哉の原審証言によれば三菱電機株式会社は本件登録商標の指定商品たる電燈球に属するものとして昭和二四年頃から螢光燈を、昭和二九年から三〇年にかけて水銀燈、殺菌燈等を順次製造し、これに本件商標をつけて販売し、白熱電燈球についても将来生産する意図のあることが認められるのであるから本件登録商標は今なお権利として保護されるものである。そこで、被告人が販売し又は販売の目的をもつて所持していた本件白熱電燈球と本件登録商標の指定商品として掲げている電燈球との関連性について案ずるに証人津田武夫の原審証言によれば、電燈の種類の少なかつた明治四二年商標法施行当時は電燈の球のことであり電燈の総称でもあつたか、電燈の種類の増加した現在においては右会社が既に製造販売している前記水銀燈、螢光燈等までも本件指定商品たる電燈球の類似品であることが認められるのであるから、本件白熱電燈球はその形が球形をしている上にその用途生産、販売部門が一致している点などからみて本件指定商品である電燈球そのものではないとしても少くともこれの類似品と解するを相当とし、本件指定商品たる右会社の電燈球が実在しなくとも右の認定を不可能ならしめるものではない。従つて、本件白熱電燈球を右会社の本件商標の指定商品たる電燈球の類似品であると認めたことに何等根拠のないものということができない。

されば原判決が本件所為につき旧商標法三四条一号を適用したことは正当であつて原判決には所論のような法律解釈適用の誤りや事実誤認の点は見出せない。論旨は理由がない。

<その他の判決理由省略>(裁判長裁判官笠松義資 裁判官河村澄夫 八木直道)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例